藍より青く

歌い手のそらるさんにハマったバンプオタのブログ。@momomomoai3

歌い手で浪費する女

 劇団雌猫「浪費図鑑―悪友たちのないしょ話―」「シン・浪費図鑑―悪友たちのないしょ話2」という、様々なジャンルで日々活動するオタク女性たちがそれぞれのお金の使い方やジャンルの魅力を語っている本がある。今回はその本の見出しに倣って、私のオタク事情をつづってみようと思う。

 

 ニコニコ動画の「歌ってみた」カテゴリに、主にボーカロイド曲のカバーを投稿するひとのことを、通称歌い手と呼ぶ。私が今夢中になっている「そらる」は、2008年から活動を始めた古参の歌い手だ。動画投稿を続けながらCDのリリースやライブ活動も行っておりちょうど1年前、2017年11月25日にはなんと横浜アリーナでの単独公演をソールドアウトさせた。2012年に1stアルバムでオリコンウィークリーチャート7位を獲得、2016年からは歌い手・ボカロPの「まふまふ」とともにユニット「After the Rain」を結成し1st・2ndアルバムともにウィークリーチャート2位を獲得した。

 すでに動画投稿者の枠を超えるほどに実績を残してきてはいる彼が、ソロ名義での初めてのシングル、アニメ「ゴブリンスレイヤー」のエンディングテーマでもある「銀の祈誓」を11月28日にリリースする。

www.youtube.com

そらる 1st Single / 銀の祈誓-XFD - YouTube

 

 私はこのシングルを、初回限定盤Aを2枚、初回限定盤Bを2枚、ゴブリンスレイヤー盤を1枚、通常盤を11枚予約している。合わせて16枚。通常盤には5種類のフォトカードがランダムに封入されており、その内一種類は“当たりカード“となっていてハイタッチ会へ参加が出来る。さすがに11枚買ったら5種類のフォトカードは自力で全て揃い、ハイタッチ会への参加も出来るのではないか……甘いだろうか。まあそうなったら1080円×nをさらにレジに差し出すけれどひとまず現時点で確定しているシングルへの使用金額は2万520円。

 さてはて、この金額を、他のジャンルでオタク活動をしている成人女性の方はどう思うだろう。まあそれなりではあるけれど、ものすごく使っている、という印象でもないのではなかろうか。このタイトルで文章を書くことに決めたものの、「歌い手を応援する」ということに何か特別な、そのジャンル特有のお金の使い方があるかと聞かれたら答えは否かもしれない。そらるさんが「ハイタッチ会参加券」をCDにつけるのは初めてだし、接触イベントでセールス促進を図るのはアイドル文化から輸入されたものなので特に目新しいこともないだろう。オリコンチャートで戦おうとする上では当然の成り行きだとも思う。

 むしろ「お金の使わせ方を試行錯誤している」ことこそが、歌い手出自のひとびとの特徴かもしれない。無料で視聴できる動画サイトへの投稿から活動を始めた人のファンはお金を払わずに音楽を聴く環境に慣れている。彼らも、ファンがお金を出してまで自分の歌を聴かないかもしれないことは百も承知だ。だからこそ自分がファンに何を求められているのかを考え、しぶとく試行錯誤していく。その時々の時流に合わせて変えていく部分と変えない部分を、かなり自覚的に意識して動いていかないとあっという間にファンは離れていく。そういうシビアな認識が彼らにはある。

 そらるさんや、ユニットの相方であるまふまふさんの活動に関して言えば、CDを出すようになってもニコニコに「歌ってみた」動画を投稿することはやめない。youtubeの勢力が強くなった現在はyoutubeにも自分のチャンネルを作って、ニコニコに投稿した次の日にyoutubeにも歌ってみた動画を投稿することで転載を防いでいるし、youtubeのみにゲーム動画やyoutuber的な実写の動画などを載せてyoutubeチャンネル自体も活性化させようとしている。実写の動画と言っても、マスクはしており顔を全て出すということはないのだけれど。

 10年前の、ネットの世界とリアルの世界がもっと切り離されていた時代に生まれた存在である”そらる”は、未だにネットやメディアに100パーセント顔が出ている写真や動画を出すことはない。今回シングルに封入されるフォトカードも、口元を手で隠していたり横顔だったりするだろう。ライブでだけ、その顔を全て、リスナーに見せてくれる。

 彼を必死で追うようになってから2年9か月、私がオタク活動において使ったお金の大半はライブへの遠征費だ。名古屋から、東京はもちろん札幌、大阪、広島まで行った。今年は彼のワンマンツアーはなかったが、彼が出演したライブのすべてが東京で行われたため、地方民にはそこそこお金がかかる一年だった。8月は3回往復新幹線を使って東京に行き、内一回は宿泊もしているので全部込みでライブ代に10万以上は軽くふっとばしている。なんていうかもうこれは歌い手ファンの苦悩というより地方民の苦悩である。火曜日の午後3時に名古屋駅を出発し開演10分前に会場に入場、アンコールラスト曲開始と同時にZEPPTOKYO2階指定席の床を蹴って猛ダッシュ&終電チャレンジをして名古屋に帰ったこともあった。普通に辛い。それでもライブに行くことはやめられない。

 揺れる黒髪、ライトに照らされる真っ白な肌、繊細な奥二重の瞳、柔らかなピンク色をした厚めの唇……少し女性的な彼の顔立ちと、ふわりふわりと動く仕草をこの目に映すたびに失神しそうになる。正直、ぶっちゃけ、めちゃくちゃ顔が好きだ。見るたびに「顔が好きすぎる」と思うのだけれど、凛と響く歌声と愛らしい顔があまりに愛しくて、好きな思いがこの小さな脳みそをキャパオーバーさせるからか、ライブ会場を出た瞬間からさっきまでこの目で見ていたはずのその顔はぼやけ鮮明には思い出せなくなる。「ダウンロードは不可なんだね」by友人。でも笑っていたことは思い出せるし毎回「そらるさんって、笑うんだ」って思うし、何だろう、ネット配信で雑談するときの喋り方が気だるげで歌い方もシリアスなひとなのでもっと無表情なのかと思っていたら、笑うんだ、って毎回。私は綾波レイを見ているのだろうか。奇跡を見ているような、呼吸をして動いている姿を見ることも奇跡のような気持ち。これは彼がネット活動者だからというよりも、もともと何となく現実感のない、浮遊感を持った存在なのではないかと思うほどだ。

 ライブに行くたびにできる限りステージを見届けたいという気持ちは高まり、来年3月から始まる10周年全国ツアーではチケットさえ取れれば仙台(初日&そらるさんの地元)・札幌(私の地元なので帰省をかねて)・大阪(東京と比べれば近所)・名古屋(居住地)・幕張メッセ2days(大舞台は見届けたい主義)に行きたいと思っている。

 彼が出演するライブのキャパシティがどんどん大きくなっていくので、たとえ遠くの席でも不満を抱くことなく顔をはっきり見たいと考えて今年の夏、After the Rainさいたまスーパーアリーナでのライブの前に5万6000円出して倍率10倍の防振双眼鏡を買った。「何で去年の横アリ前に買わなかったんだ!」とものすごく後悔したので、この記事を読んでくれていてまだ防振双眼鏡を持っていなくてアリーナクラスの公演によく行く機会があって演者の顔を見たいタイプのオタクは今すぐに買ってほしい。今すぐに。

 このように複数買い(女性アイドルオタ的)、遠征(ジャニオタ・バンギャ的)、高額双眼鏡購入(ジャニオタ的)といった「小規模なオタク全部乗せ」なオタク活動をしているが、私が一番「歌い手にハマっているからこその悩み」だと思うのは金銭的なことよりも時間に関係することである。

 インターネットのひとは基本的に、活動が多い。仕事としての作業の息抜きにゲームをするにしても、配信をして今自分が何をしているかを発信してくれたりする。私は、歌だけではなく喋る声・内容・そこから受け手が感じるキャラクター性すべてが”そらる”というコンテンツを形作っていると考えているので、歌動画を再生しまくるだけではなくゲーム配信も雑談放送も何もかもを逃したくないタイプである。

 そんな中、彼の活動を追う上でネックになっているのは深夜の配信について。これは歌い手というジャンル云々ではなくてそらるという個人にハマっているゆえの固有の悩みかもしれないのだが、彼はしばしば「誰が起きてるんだよ」っていう平日ド深夜に、朝の4時~7時なんていうもはや夜でさえない時間に趣味であるゲーム(スプラトゥーン2)の配信をしてアーカイブを残してくれない。

 いや実はあんまり不満っていうのでもなくて、全然問題なく理解はできる。CD製作中に活動時間が夜になるのもよくわかるし、日頃の配信には数千人が来てTwitterに至っては126万人フォロワーがいる彼だからこそ時にはあまり多くない人数の前で気軽にちょっと喋りたいのもわかるし、むしろこれだけ活動が大きくなってさえネットでの発信を趣味の延長線上でやってもいることが伝わるのも嬉しい位の気持ちでもある。

 とはいえ、朝普通に目覚めてスマホに配信開始の通知記録だけ残っていてアーカイブは消えているのを見ると「うわ、寝なきゃよかった」と思ったりもする。たまに夜更かしをしている時に偶然アーカイブが残されない深夜配信を見られることがあって、彼の忌憚ない独り言が面白いのを知っているから。

 でも予告もされない深夜2時とか3時とか4時とかから始まる、言ってしまえば「他人が独り言をつぶやきながらゲームしているだけ」の放送を逃さずに全部見ようとしていたら私が社会生活を送れないので、彼の活動のすべてを追おうとしないのも健全な精神を保つコツである。

 そらるさん本人も、自分が活動を続けられるように、あまりリスナーの要望に応えすぎない位の方向性で活動し、精神を保ってくれているように感じる。実際、インターネットという活動環境で、視聴者の言葉はあまりにも当人に届きすぎるし、すべてを受け止めようとするとパンクしてしまうのだ。そのことは10年以上の活動の中で、多分当人が一番痛感しているのだろう。

 今回のシングルに収録されるのはカップリング曲を含めてすべて自作曲だが、これまでCDを出す際には親交のあるボカロPさんにも自分への曲を書き下ろしてもらってきた。そのような形の活動の中で出した2ndアルバムの際に受けたインタビューで答えていたことが忘れられない。

――激しいロックナンバーでいうと「アノニマス御中」(Neru)、「blue」(Last Note.)が収録されていますが、いずれも“姿の見えない敵と戦う”ような、挑発的でカタルシスのある歌詞になっていますね。

そらる:たぶん、自分のことをそういう風に見てくれているんだと思います。つまり、“知らず知らずのうちにもてはやされて、祭り上げられて、好き勝手に攻撃されて”って。こういう活動をしていればみんなあることでしょうし、自分が特別苦しんでいるとか、そういうことは全然ないんですけど、よく見てくれていて、考えて書いてくれたんだな、とうれしくなりました。こういう曲は自分で作って歌うことができないものだし、ありがたいですね。

(2ページ目)動画再生数は7000万回以上! そらるが語る、ネット発音楽のパワーと魅力 - Real Sound|リアルサウンド

 これまでの活動の中で、「歌い手」という叩かれやすいジャンルの中でも特に叩かれることが多かった彼だ。インターネットで活動する中で匿名の悪意に晒されることをあまりにも多く受けてきたひとだと、周りからも思われているということ。彼は、「自分が特別苦しんでいるということはない」と言いながらも、それほどに叩かれてきたように見えるんだなということは認識し、そのうえで、大丈夫だと言って活動をし続けている。

 彼が叩かれているのを見るのは、好き勝手に叩いていいコンテンツだと外部から思われているように見えることがあるのは、ファンとしても辛い。辛いけれど、今回のようにタイアップを貰うなど規模の大きな活動を行う上で、冷たい言葉を投げられることはこれからもあるだろう。それは、彼も、ファンである私たちも承知の上で、それでも彼にとって“そらる”という名前で活動を続けることがメリットの大きいことであってほしいと願っている。

 10年前、歌を歌うのが好きな大学生だった彼が、音楽で生きていこうとも思わずあくまで趣味として歌を投稿し始めたことが、今へと繋がっている。そして上記の2015年時のインタビューでは「激しいロックナンバーは自分には書けない」と言っていたが今回、シリアスな歌声が映える激しくも幻想的なギターロックの自作曲を聴かせてくれた。この曲調を書くことは彼の大きな挑戦のひとつだったようだ。

 一切商品として外側から手を加えられたり整えられたりしていない状態で人気が出たひとが、その人気ゆえにどんどん規模の大きいことができるようになっていくこと、「新しいことをどんどん頑張りたい」と言って成長しながら進んでいく姿を目撃できることはとても刺激的だ。

 あなたが、“そらる”という名の、自分自身でもあり他者から与えられたイメージでもある存在であり続けようとしてくれることが有難い。あなたが”そらる”であることに、お金を払わせてほしい。そんな思いで今はいっぱいだ。

 このシングルが売れたら、それは次の大きな活動にも繋がっていくだろう。気ままで自由で可愛くてシリアスで強気で、本当は脆い、それでもちゃんと強い、そんな”そらる”にこれからも色んな形で出会えたら、私はとても嬉しい。